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広島地方裁判所 昭和46年(ワ)1026号 判決

原告

旭科学合資会社

右代表者

池田肇

原告兼原告旭科学合資会社

補助参加人

池田埩吾

被告

株式会社山本鉄工所

右代表者

山本集一

外二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一、原告らは「被告らは連帯して原告旭科学合資会社(以下単に原告会社という)に対し金四二万円及びこれに対する訴状送達の翌日より支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告池田吾(以下単に原告池田という)に対し金二八万円及び内金一八万円に対する訴状送達の翌日より、内金一〇万円に対する請求拡張の申立書送達の翌日より各支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(一)  別紙目録記載の不動産(以下単に本件不動産という)は訴外高坂景正が所有していたところ、同人は昭和一八年七月二一日死亡したが、これに先立つ同月一八日広島地方裁判所所属公証人岡崎与六作成第五五七七九号遺言公正証書をもつて別紙記載のとおりの遺言をした。

(二)  右遺言により高坂景正の妻高坂浪子は高坂景正の遺産につき管理処分権を付与された。然らずとするも右浪子は昭和二二年九月一二日親族会において景正の家督相続人に選定されたから景正の死亡の時に遡つて景正の遺産を相続したものである。しかして景正の遺言執行者たる訴外高坂 (ママ)は昭和二二年三月右浪子の名において本件不動産を含む遺産全部を訴外久代農業会に売渡し、同農業会は同年五月一九日原告会社に右遺産を譲渡した。そして原告会社は昭和二四年一一月一一日原告池田に対し高坂景正遺言事件処理の謝礼として右遺産の三割を譲渡した。その結果本件不動産を含む景正の遺産につき原告会社は一〇分の七、原告池田は一〇分の三の各共有持分権をもつに至つた。

そして、昭和三二年六月一〇日、原告会社の社員であつた目瀬吉次が死亡し、その相続人全員が相続の放棄をしたため、商法一四七条、六八条、民法六六八条、二五五条により本件不動産を含む原告会社の財産はすべて原告会社の他の社員である原告池田の所有に帰した。

(三)  ところで前記景正の死後である昭和一八年一〇月二日景正の母高坂文子は前記遺言書第三条の高坂浪子の四文字を削つて右遺言書を偽造して久代村(現東城町)長に提出行使し、その結果晃正を景正の家督相続人とする戸籍が編成されているが、次の理由により晃正は景正の家督相続人ではありえない。

1  右晃正の母高坂文子は前記のとおり被相続人たる景正の遺言書を偽造したものであるから、右文子はもとより、その子である晃正も旧民法九六九条五号により景正の家督相続人たりえない。

2  景正の遺言書のうち、晃正を家督相続人と指定した遺言部分(第一条)は後の遺言(第三条)に抵触し、かかる場合は後の遺言(第三条)をもつて前の遺言(第一条)を取消し、撤回したものというべきであり、晃正を家督相続人に指定した遺言部分は無効である。

3  又景正の遺言書第一条は、高坂和正が相続人となり得ないときは晃正を指定するという消極的停止条件付であり、家督相続人の指定に条件をつけることは強行法規及び公序良俗に反するし、更に右高坂和正は高坂昭正の長男で同家の法定の推定家督相続人であるから景正の家督相続人になり得ない(旧民法七四四条)のに、これを家督相続人に指定し、同人が家督相続人となり得ないことを条件として晃正を家督相続人に指定したのは不法条件、不能条件を付したものであつて、いずれにせよ無効である。

4  晃正が景正の家督相続人でないことは、次のとおり既判力をもつて確定している。

(イ) 原告高坂浪子、被告高坂穏間の広島地方裁判所三次支部昭和二三年(ワ)第一三号戸籍抹消請求事件において「景正の戸籍中晃正を家督相続人に指定、遺言執行者高坂 (ママ)届出昭和一八年一二月三〇日受付とある部分は無効なることを確認する」旨の認諾調書が作成されている。

(ロ) 原告高坂浪子、被告藤井定市(右(イ)事件の被告訴訟代理人)間の広島地方裁判所福山支部昭和二五年(ワ)第一五四号認諾確認請求事件において、原・被告間において、右(イ)が認諾調書であることを確認する旨の裁判上の和解が成立している。

(四)  しかるに晃正の母高坂文子は、前記のとおり、晃正を景正の家督相続人とする旨の記載のある偽造の戸籍の謄本の交付をうけ晃正の親権者と称して、昭和二四年三月一〇日景正の遺産の一部である本件不動産につき晃正名義に相続による取得登記を経由したうえ、同二五年二月二一日訴外三原茂作名義に、更に同三五年六月七日被告山本集一名義に、ついで本件(一)不動産につき同四一年一二月一六日被告株式会社山本鉄工所(以下単に被告山本鉄工所という)名義にそれぞれ変更して原告らの所有権を不法に侵害し、原告らに対し、同三五年六月七日より同四六年一二月七日に至る一一年六月の間に金一五三一万一一〇〇円の賃料相当の損害を与えた。

(五)  原告らの右損害は右のとおり被告らの不動産収奪・強制執行不正免脱の共同不法行為によつて生じたものであるから被告らは連帯して原告らに生じた損害を賠償する義務がある。そこで原告らは右損害金一五三一万一一〇〇円の内金六〇万円につき、前記持分の割合に応じ、被告らに対し、連帯して原告会社に対し金四二万円及びこれに対する訴状送違の翌日より、原告池田に対し金一八万円及びこれに対する訴状送達の翌日より各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原告池田に対し、更に右損害金内金一〇万円及びこれに対する請求拡張の申立書送達の翌日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告山本集一、同山本鉄工所は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)  原告の請求原因(一)ないし(三)の事実は不知。

(二)  同(四)、(五)の事実は争う。被告山本集一は本件不動産を三原茂作より売買によりその所有権を取得し、昭和四一年一二月被告山本鉄工所へ譲渡したものである。又本件不動産については広島高等裁判所昭和三七年(ネ)第七二号事件判決、及び最高裁判所昭和三八年(オ)第一三二〇号事件判決により被告山本集一の所有であることが確定している。

三、被告高坂晃正は適式の呼出しをうけながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しなかつた。

四、証拠関係〈略〉

理由

一被告山本鉄工所、同山本集一について

(一)  原告らの請求原因(一)の事実は、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

(二)  〈証拠〉によれば、高坂景正の遺言第一条により景正の第一順位の家督相続人に指定された高坂和正は戸主高坂昭正の長男であり、旧民法七四四条により景正の家督相続人になり得なかつたため、遺言執行者高坂 (ママ)は遺言の執行として右遺言第一条により第二順位の家督相続人に限定された高坂晃正(高坂昭正とその妻文子との間の二男として昭和一七年九月五日出生)につき家督相続人指定の届出をし、同日晃正の父高坂昭正は親権者として右家督相続の届出をなし、旧民法九〇〇条により晃正の後見が開始したことが認められる。

原告らは高坂景正の妻高坂浪子が右遺言により景正の遺産につき管理処分権を付与されたと主張するので検討するに、旧民法一〇六四条にいわゆる遺産の目的物は財産であることを要するところ、遺産の管理処分権自体は単なる権限であつて、財産とはいい難いから、それだけを独立して遺言により付与することはできないものといわなければならない。そして右遺言第三条には相続人未成年中は高坂浪子をもつてその親権を行うものとすると定められているが、家督相続人の指定は単に被指定者をして指定者の家督を相続せしむる効力を生ずるに止り、被指定者は指定者及びその親族となんらの親族関係を生ぜしむるものではないから、晃正と親子関係のない高坂浪子は晃正に対する親権を取得するに由ないものである。仮に右第三条が景正において後見人を高坂浪子と指定する意図であつたとしても、旧民法九〇一条によれば遺言によつて後見人を指定しうるのは最後に親権を行う者に限られるところ、景正がこれを該当しないこと前記認定に照らし明らかである。

そうすると右第三条の定めは無効というほかはない。

従つて、高坂浪子が右遺言により高坂景正の遺産につき管理処分権を付与されたものと解することはできない。

又原告らは高坂浪子は昭和二二年九月一二日親族会において景正の家督相続人に選定されたから景正の死亡の時に遡つて景正の遺産を相続した旨主張するが、前記認定のとおり、晃正が家督相続人として指定されている以上(原告らは晃正は景正の家督相続人たり得ない旨主張するが、右主張が理由のないこと後記のとおりである。)、かりに親族会において景正の家督相続人として妻である高坂浪子を選定したとしても、右選定は無効というほかはない。

(三)  原告らは晃正は景正の家督相続人ではありえない旨主張し、その理由を種々主張するので検討する。原告らは高坂文子が景正の遺言書を偽造したから、その子である晃正は景正の家督相続人たりえないと主張するが、かりに高坂文子が景正の遺言書を偽造したとしても、右文子が景正の家督相続人になり得ないにとどまり、その子である晃正に欠格原因が生ずる理由はない。又原告らは遺言第三条により遺言第一条は取消されたと主張するが、遺言の取消は別個になされた遺言について問題となるのであつて一個の遺言の各条項に抵触する部分があつたとしても、ただそれだけで後の条項が前の条項を取消し撤回したものと解することはできない。更に原告らは右遺言第一条は強行法規及び公序良俗に違背し、又不法条件不能条件を付したもので、無効であると主張するが、遺言第一条は遺言者景正が家督相続人を順位をつけて指定したものであつて、旧法時代においては家督相続制度を維持することが法の理念であつたから、家督相続人を予備的に指定しておくことは法の趣旨に沿つた周到な配慮でこそあれ、これをもつて強行法規及び公序良俗に違背するということはできず、又景正の家督相続人になり得ない高坂和正を第一順位の家督相続人に指定し、同人が家督相続人となり得ないことを条件として晃正を家督相続人に指定しても、和正を第一順位の家督相続人に指定した部分が無意味であるにとどまり、不法、不能の条件を付したものということはできない。又原告らは原告高坂浪子、被告高坂穏間の広島地方裁判所三次支部昭和二三年(ワ)第一三号事件において認諾調書が作成された旨主張するが、公文書であつて真正に成立したものと認める甲第十三号証によれば、右は右事件の第一回口頭弁論期日に右事件被告高坂穏は出頭せず、その提出した原告高坂浪子の請求を認諾する趣旨の答弁書が民訴法一三八条により陳述されたものとみなされたものと認められるが、請求の認諾は常に口頭弁論期日に出席の上口頭で陳述することを要するものであつて、請求を認諾する書面を提出してもこれに基く口頭の陳述がない以上認諾たり得ないと解すべきであるから、右は認諾調書と解し得ず、又原告高坂浪子、被告藤井定市間の広島地方裁判所福山支部昭和二五年(ワ)第一五四号認諾確認事件において、右が認諾調書であることを確認する旨の裁判上の和解がなされても、そのことによつて前記事件の第一回口頭弁論調書を認諾調書と解することはできない。

従つて晃正が景正の家督相続人たり得ない旨の原告の主張は理由がないこととなる。〈以下略〉 (下江一成)

目録〈省略〉

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